さよならもいわずに

上野顕太郎の新刊が出ていたので何も考えずに手に取った。
うえけんと言えば、割とリアルな画風でシュールなギャグを飛ばす作風で知られていると思うが(少なくとも私はそうとらえている)この作品は、なんとびっくり、実の奥様*1を亡くされた時の実録漫画なのだ。
中を読んでみると、数ページ進むだけで、お互いとても愛し合っていたことが分かる。その人を亡くしたことをネタにして漫画に描こうという表現者としての姿勢に脱帽。(これは賛否が分かれるかもしれない)
この本の献辞

大切な人を失ったすべての人に。
そして大切な人がいるすべての人に。

一読した後に再び目にすると、心に響く。というより突き刺さる。
内容はネタバレになってしまうのであまり詳細には書かないことにするが、当事者にしか理解出来ないであろう、精神的苦痛が淡々と、しかしうえけんの作風ならではの力強さで綴られている。実際の心境はどれほどであっただろうかと想像すると痛々しいほどである。
うえけん本人の描写も痛々しいが、奥様が病に苦しんでいたという過去の描写も結構キツいかもしれない。読了した後には「苦しかったね、えらかったね。もう楽になってよかったね・・・」とすら言いたくなってしまうのだが、うえけんにとっては、きっとどんな状態であっても、彼女に生きていて欲しかったのだろう。
お葬式にかかった費用等具体的に書いてあるので、参考にはなるかもしれない。参考にする人はいないかもしれないが。
告白してしまうと、「Sくんのストール」のくだりで、私もマジ泣きしてしまった。
うえけん夫妻は、以前からお互いが先立った時のことを話しあってあったようで、そのおかげでいくつかの事項の判断はスムースに行ったらしい。なるほど、結婚したらそういうことも決めておくべきかもなと思った。
この作品自体は、奥様を亡くされたことを自身の中で昇華し、客観性を持つことが出来てから描かれたものだそうだが、本当に葬儀直後ぐらいに描かれたネームもあるらしい。客観性を欠くという理由で、そちらは作品になることは無かったようだが、そちらはそちらで見てみたい気もするのは読者として残酷だろうか。
「ただいま」と言って「おかえり」と返してもらえる家庭は、普通だけどとても貴重なのだな。普通っていうことはとても素晴らしいのだな。
先日Twitterで読んだ「あなたが無駄に過ごした一日は、昨日亡くなった人にとってのとても生きたかった一日なのだ」*2という一言と合わせて、人生無駄に過ごしてはいけないなと改めて思わせてくれた。そんな一冊です。
おすすめかどうかと言うと、作風と内容がかなり特殊なので、万人向けでは無い。あと、精神的にキツい状態の人は読まない方がいいです。ちょっと生死について考えてみたい時にはおすすめかも。

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

*1:現在は再婚されているらしく、前妻となるらしい

*2:あやふやだけど確かこんなの